いのちの川

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散歩して 10・5・31

 パソコンばかりしていないで、一日のうち少しは歩かなければと、努めて出かけるようにしている。
今日は散歩を忠生公園の方からぐるりと、忠生5小の方面まであるいていった。何か足が少しずつしっかりしてきたようだ。思いがけず田中先生のおうちの前を通ったとき、窓から顔出しておられた先生に出会えて、しばらく懐かしくお話をした。帰りにお宅のつるバラを一束とってくださっていただいて、今我が家の玄関に飾ってある。今日はあれこれと心が重くふさいでいたが、いただいたバラの花で、少しは明るくなった。
 主が哀れに思ってくださって、図ってくださったのだろうと考えて感謝した。ほんとに偶然顔をあわせて、出会えたのである。散歩の途中懐かしい昔通った道をしんみりと、あれこれ思い出しながら歩いた。月日の流れさったことが、歩く道々の木々の成長の早さから、大きさからも感じられた。
 
 散歩してなつかしの道歩けば
 心若返ってきた
 10年ほど前につとめていた学校近辺の
 木々の成長に、驚いて
 改めて月日の過ぎ去ったこと
 おもわせられた
 なにやら心切なくなって
 胸しぼられるようだ
 わたしは年を取ったんだなー
 歩く道々であった人とおしゃべりもして
 のんびりゆっくり 楽しんだ

 近頃心が繊細になったためか
 胸重くなったり
 今生きていることを喜んでみたりと
 日によって千差万別というところ
 まだ胸の奥底のものを
 表現できないで居るけれど
 晴れ間があったり 曇り空だったりと 
 いろいろで
 これも生きているからだろう
   
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by hirokokk | 2010-05-31 23:52

わが体 10・5・30

 入浴後 体拭きながらいろいろなおもいがわきでてきた。良くマー70年この小さな体は、動いてくれているなー。今どこも痛いところもなく動けていることに感謝の念が沸きあがった。体はもとより手も動くし、足も動く、自由に思い通りに普通のことならこなせる。なにやら親しさと慈しみと感謝がわきあがってきた。
 
 体は小さいけれど
 自由に行きたいところに行き
 食べたいもの食べて
 著と肥満が気になるが
 動けるよ
 当たり前といえば
 当たり前だけど
 心沈めて 考えれば
 ありがたいとしみじみ思う
 年を取ってきたから
 近頃とりわけ思うのだろう。

 若き頃は当たり前のことで
 考えもしなかった
 若くしてこの世の生を終える
 人も居るけれど
 今いかされているわたし
 動いている 話している
 食べ物も美味しい
 今生きていることを楽しみ
 イエス様に守られていることを
 感謝します
 イエス様共に居てくださって
 有難うございます。
 
  
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by hirokokk | 2010-05-31 01:17

かな書道  10・5・30

 高島屋へかな書道展をみにいった。
ポップビルでのかな書道でご一緒のI さんも、入選しているので、ぜひ見に行かなくてはと思い、彼女が行かれる日にあわせて、礼拝お休みしていった。このかな書道展は、私が学んでいる凌雲書道教室の凌雲先生が会長さんである。
 一人ひとりの作品の水準が、高いようにおもった。それもそのはず書かれた方々は、指導者ばかりとのこと I さんに、教えていただいた。ここに出すことができるには、相当腕を上げなければ出せないことと思った。
正面にこの会の指導者のせんせい方の作品が素敵にかざられていた。
 I さんのもすごいなとおもった。
帰りは I さんと ごいっしょに、夕食をいただいてから帰ってきた。彼女はピンク色の着物を着ており素敵だったが、自分で着つけてこられたとのこと。ぴたりと和服すがたが、きまっていた。そのはずお茶を長いことされているので、身についておられる。私とは違って育ちも恵まれており、品がある方である。

 かな書道 
 優雅で美しく
 線も滑らかに 
 淡く強く
 変化にとみ
 大作や
 条幅や 扇面あり
 かかれる方々の
 個性現し さまざまだ

 わがかな書は
 まだまだ
 遠い道のりだ
 のんびり楽しく
 あきらめず
 続けていこう 
 続けていこう
 
   

 
 
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by hirokokk | 2010-05-30 22:58

箱根の山 10・5・27

 東小時代で30年以上前からの古き友と3人で、新緑の箱根の山へドライブにいった。
もう坂道は心臓病で歩けないとおもっていたが、無理せずゆっくりと急坂でなければ、一緒に行けたことはとてもうれしかった。山道を歩きながら時折聞こえてくる藪の中からの小鳥の声は、鶯や名を知らない鳥のさえずりだったが、声もくっきりと山に響いて心地よかった。
 御関所の復元の建物もみて当時の旅人の姿をもおもいめぐらした。
芝生がびっちりはえている丘のうえで空に向きねそべったが、雲がたくさんあって青空ではなかった。でも心地よく背に芝生をかんじた。この箱根は 国定公園でどこも人の手が入り良く整備されていた。
 久しぶりにお会いしたドライバーのなべさんに、乗せていってもらった。古き友との交わりと、山の景色を味わい素敵なときを、持つことができてうれしかった。

 鶯の鳴き声響き 
 山にこだまする
 緑濃く風もなし  
 友との語らいも
 過ぎし時を覚えず
 昨日の如し
 互いの気持ちも 滑らかに
 山の空気に 流れ行く 
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by hirokokk | 2010-05-28 01:06

今ここにいる 10・5・23

 朝の光さす障子をあければ、明るく部屋を照らし出す。
こんなに明るい日差しの下に、今私はここに居る。この世に生きていると思うとしあわせの光りが、 心に差し込んでくる。
 今日も見たり聞いたり感じたり、何かをしたりするチヤンスがあるということは、生きている悦びである。
どんなことに出会うのだろうか?どんなことがあるのだろうか?期待で胸も弾む。これまでこの世に生まれでて、幾百幾千万というひとびとが人生舞台から行過ぎてゆく。急ぎ行きつ戻りつしながら、その人に与えられている役目をし、この世をとおり過ぎていく。いつの間にかその人もこの人もその場に居なくなり過ぎ去っていく。私もやがて時は過ぎ去ってはるかのかなたに、思い出の一コマになって、通り過ぎてしまう。
 
  与えられた時の中で
  何も考えず 生きる
  ひたすら食べて 眠って 
  動いて 役目を果たして
  人生の舞台から退場する

  命与えられ 今というときに
  生きていることに
  神に感謝して
  日々の暮らしに 喜んで
  互いに助け合い 
  愛を持って生きていこう
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by hirokokk | 2010-05-24 18:14

カラオケ 10・5・19

 きのうKFCの友たち5人で、いつだったか思い出せないぐらい昔に行ったことのある、カラオケ店にいった。
私は曲は知っていても近頃声が出なくなって、歌えなくなっているので、著とちゅうちょしたが、人との交わりも大切とおもいでかけていった。 行けば行ったで楽しい時を過ごすことができた。

  
 思い出の曲聴けば
 昔の人たち思い出し 
 歌詞と共に
 私の心も若返る

 元気に明るく
 生き生きと
 声の響きも伸やかに
 歌うは懐メロよ
 
 

 
  
 
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by hirokokk | 2010-05-19 13:53

書 10・5・18

広い広い青空に
大きな大きな筆もって
生きる今と
心の筆で 
書きなぐってみたい

力いっぱい体動かして
青空の紙面に 
今に生きる
私の気力を込めて
青空いっぱい
書きなぐってみたい
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by hirokokk | 2010-05-18 10:03

花の蜜 10・5・18

 思い出します
子供のころを。

預けられた
四国の山の中
春のお空はどこまでも青い
小さな私は
お腹がすいて
花の蜜を吸ったら
ちょぴり甘かった
もっともっと と
つつじの花びら
次々すってはみたけれど
やっぱり物足りない
お腹がすいたー 
小さなわたしは 蜜を吸う 
黒いアリさんかしら
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by hirokokk | 2010-05-18 09:53

命与えられ 10・5・17

 今生きて動いている。
 この世に生まれでて70年。病気をし入院などもしたが、怪我での入院はない。心ヒヤッとして胸どきどきするような状況もあったけれど、いまだに守られ生きている。当たり前に過ごしているけれど、よくマー無事にと、自分ながら思わずにはいられない。イエス様が守ってくださっていることを心から、感謝いたします。

 見えないお方から命与えられ
 今日も生きて活動している
 生まれてくることも
 死ぬことも自分で
 決めることはできない

 目には見えないけれど
 生きて休むことなく
 働いておられるイエス様が
 私のうちに入られて
 共に生きてくださっている。
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by hirokokk | 2010-05-17 23:59

光り ひかり 光り 10・5・15

窓を開ければ 
光がさす
光りあびれば
心ほっとし 悦びがくる
暖かさが忍び寄る

光りは
人の心を明るくし
希望と意欲を
もたらす
いつも光りを
浴びていたい

光りを放つ人になりたい
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by hirokokk | 2010-05-15 10:13



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